昨日の「ジャパレゲ、ダンスホール現場でのアーティストによるゲイ差別について」 を改めて読み返すと、正直やはり過剰に暴力的というか、リンチ的に感じる人もいるだろうとまず思った。
有名人、業界人からも反応があったことがここまで大騒ぎになったことの一因だが、日本レゲエ界で飯を食っている立場だからこそ言えないこともあるだろう、という想像力も必要ではないかと。
またゲイバッシングをバッシングすることで何か満たされたかのような錯覚に陥る、目的と手段がすり替わる罠は、常に自分の傍にあると自戒したい。
そして、俺は決してジャパレゲという存在そのものを貶めたくて噛みついたのではない。
@bcxxxさんの表現を借りれば「膿を出す」、自分のPOSTがそのきっかけになればというのが兼ねてからの考えだった。
一連の騒動を見た人たちからの「問題提起として色々と学んでみたい」「真剣に考えられる場を作ってもらった」などの声は大変にありがたかった。
が同時に、「ジャパレゲは腐ってる。もう絶対聴かないし、関わりたくもない」という感想の人も多くいたように思う。このまとめだけ読めばそうなるのも充分わかるのだが、前述したように俺の本意はそこではない。
これだけ批判しておいてなんだが、出来ることなら日本のレゲエに興味を持ってみてほしい。 ゲイバッシングがジャパレゲの全てではない。そこには素晴らしい楽曲や美しいコミュニティも確かに存在する。
その中にある問題としてとりわけ重要かつ醜悪なゲイバッシング、ヘイトスピーチという「側面」に俺は斬り込みたかったのだ。
まるで総括のようになってしまったが、まだ何も終わっていないし始まってすらもいないと俺は思っている。 日本における(当然ジャマイカ、UK、もっと言えば世界中での)レゲエ文化が、あるべき姿で発展していくのを願ってやまない。そして、それに自分が尽力できることがあるのならばどんな形であれ携わっていきたい。
第二次世界大戦の終戦記念日である8月15日は過ぎてしまった。が、書き残して置きたいことがあるのでここに記す。
※今回の日記はTwitterでのbcxxxさんらによるPOST、またはRTを自分なりに解釈し、まとめたものです。
まずはこのツイートを読んでみてほしい。以下引用。
“日本の戦争作品に常に、必ず、決定的に欠けている視点。いつもいつも「戦争なんてしたくなかった。殺したくなかった。死にたくなかった」と言うが、じゃあ誰のせいでそうなったのか。責任者を追及しない。名前も出さない。そいつらを憎みもしない。犯罪被害者の苦しみを描いて犯人の名前を秘匿する。”
(引用元:Twitter/クロヒコ)
この時期になるといわゆる「終戦ドラマ」が各局のテレビで放送される。それらを痛烈に批判したものだが、正直自分はこれを読んでハッとさせられた。確かに自分にもその視点が欠けていたからだ。
学生時代、それはもう小学生の頃からの道徳的な教育の中で、うっすらと、ただ「なんとなく」、わかったつもりになっていた。「戦争は恐ろしいもの。悲惨なもの。だから無くしていかなければならない。繰り返してはいけない」 もちろん大いに正論であるが、そこで思考は止まっていた。
では、戦時中当時のいったい何がそうさせたのか?本当に悪かったのは?戦争という「最悪の政策」を選択した、もしくはせざるをえなかった責任は誰にある? そこが語られない。厳しく検証されない。
否定するわけではないが、往々にしてそこにあるのは「英霊に哀悼の意を」「祖国のために散っていった先祖に感謝」 このような論調ばかりである。
そして上で述べた終戦ドラマ。これは戦争体験を「単純化」「デザイン化」し、劣化コピーして安いドラマに仕立てる。ただただ「たくさんの人が死んだ、みんな酷い思いをした、絶対に忘れちゃいけない」とだけ訴える。んなこた誰でもわかってる、いやむしろ、その粗い「ぼんやりとした」認識のままで終わらせてしまう危険性すら孕んでいる。そういうことである。
少し広げて考えるならば、「ノー・モア ヒロシマ」「ノー・モア ナガサキ」 これらも今や、終戦ドラマと同じ類に劣化しつつあるのではないか。最初は、あえてカタカナや英語にすることでインパクトを与えて、決して忘れてはいけないという当事者の切なる願いが込められていたはずである。
ところが現代ではもう使い古され、一種の「標語」と化してしまい、8月6日、8月9日にとりあえず唱えておけば、反戦・核廃絶について考えた/訴えた「つもり」になれる、道具になってしまっているのかもしれない。
話を戻すと、今回のタイトルでもある「風化と劣化」である。戦争体験の「風化」については、「させちゃいけない」と多くの人が口々に語る。では「劣化」はどうだろう。もう2010年、戦争で直接被害を受けた方々は亡くなられていく一方である。涙ながらに記憶を聞かせてもらえるようなことはほとんどなくなっていくだろう。
そしてマスメディアによる伝言ゲームが、確かにそこにあったはずの戦争という「現実」を記号化し、「劣化」させていく。そこに気づける人は今、どれくらいいるだろう?そして、さらにその先まで考えを巡らせられる人は?
現実とは、想像もつかないほど複雑で、混沌としている。まさにカオスである。それから目を逸らさず、いやむしろ自らすすんで目を光らせ、知り、学び、隠された裏側まで辿り着く。現代を生きる若い我々にできることは、そういったことなのかもしれない。
Macka B- Warrior Style
“Roots Ragga“などでも有名なUKレゲエ界のベテラン、Macka B。
その素晴らしい楽曲の中でも1985年製作の”Warrior Style”!YouTubeを見てもらえばわかるが、ダビーでありながらすでにブリストル・サウンド、果てはダブステップまで予感させる音になっている。(この曲の7″リリースは2008年だが、ここにもここにも1985年と表記してあるので恐らく間違いないと思う。ただし、80年代以降に発表されたMacka Bのアルバムにはこの曲は収録されていない)
とにもかくにも、ジャマイカでスレンテン・リディムが発明され電子音楽の革命がダンスホールで巻き起こったのと同じ年に、Mad Professorの手によってこんなトラックが作られていたと思うと、とても感慨深い。
ちなみにその翌年(1986)にはロブ・スミスらによってこんな曲が発表されている。
Smith & Mighty – Brain Scan
今聴いても新鮮!しかもこれ、当時は音源でなくミュージック・ビデオとして発表されたというからさらに驚きだ。(2007年になって7″として再発された)
JAのスレンテン革命にリンクしつつ発展していくUKレゲエ(もといUK音楽)の音作りは非常に先鋭的で、興味深い。これからも探っていこうと思う。
twitterのPOSTを保存しアーカイブ化できるtwilog。
ひと目でその人の趣味・嗜好が見て取れることに特化したtumblr。
どんな音楽を好み、いつ、どれぐらい聴いたかを記録していけるLast.fm。
自分はまだ使っていないが、どんな本を読んできたか/いま読んでいるか/これから読むつもりかなどを公開できるものも多くある。
そしてそれらのサービスをひとつに統合できるflavors.me。
いま挙げたものはあくまで一例で、この手のものは今や数え切れないほど存在する。
要は、「自分は何者か」をあらゆる手段でネットにアップロードする、という傾向への加速がすごい。
これは裏を返せば、現実における自己を表現する術が足りていない/わからない、その相手がいない/場所がない、などということの表れかもしれない。
ひいては、多かれ少なかれ誰しも関わりながら生きていく「社会」そのものの閉塞感も連想させる。
現実であろうがネットの上であろうが、人と人の繋がりは繋がりである。そこに違いはあれど優劣はないと自分は思っている。ネットに何かをアウトプットしたりコネクションを求めることで満たされるものがあるなら、それを否定することは誰にもできないだろう。
だがしかし我々が生きているのは紛れも無いこの現実であって、それを蔑ろにするのは勿論いただけない。ネットもリアルも互いに補完しあいながら上手く乗りこなしていくことが求められる時代になっている。
ひらたく言えば「どちらも楽しめばよい」のだが、それは一体「何のため」なのか、この一点だけは見失ってはならない。
まずアーティスト名義はWard21。プロデューサー/トラックメーカーはダン・コルレオーニ、スティーブン・マクレガー、スク(セルフプロデュース)、最後にまさかのレンキー。彼はまだやれるはず。
客演としてはダミアン・マーリーを迎えて、これをリード・シングルに。あとはイキのいい無名に近い若手(できればシンガー)を2、3人フック・アップ。
そして最強の隠し玉として、グライム界からSN1クルーにしてBlack Gangのドン、Giggsを迎えて一曲。もちろんビートはバリバリのグライム。
これぐらいやれば、USのメインストリームに媚びることなく、最新の音楽としてジャマイカから世界をビビらせる作品ができると思う。
ていうかやってくれ。
たとえ無理だとしても(現実的に考えて当たり前だが)、それぐらいの気概を見せてくれ。
遅れを取ってるばかりじゃいかんぞ、ジャマイカ。
5月20日のdommuneは素晴らしい内容だった。
前回の石田さん、荘開津さんに加えてあの石井”EC”志津男さんが登場し、幅広い対談を聴かせてくれた。以前、ECさんが80’s丸出しのデカくてダサいメガネをかけて、ジャマイカのスタジオでエンジニアと肩を組んだ古い写真を見た時は衝撃を受けたものだ。
さてその対談の内容は多岐に渡ったが、あえて自分は「今」のジャマイカに話が及んだときのことについて書きたい。
確か“ジャマイカ人はとかく新しいもの好き”という話題になって、いわゆる「レゲエ玄人」と呼んで差し支えない三人が、途端に言葉を濁したのだ。石井さんは“まあ、悪く言えばなんでもあり”とだけ呟いた。
そこに、最新のジャマイカ音楽に対する仄かな憂いのようなものを感じた。
これは現在のダンスホールを追いかけている多くの人が抱えている閉塞感かもしれない。4~5年も遡れば、ジャマイカといえば予測不能の切り口から骨太のリズムを発信してくれるレゲエの聖地だった、少なくとも日本のレゲエファンや現場ではそういう認識があったように思う。
ところがこの数年はジャマイカンが狂喜して(これは想像でもあるが)楽しんでいる最新のダンスホール・リディムに、こちらは首を傾げることが多くなった。もちろん、自分の感性の変化などもあろうが、twitterなどでその感覚を共有できる人が一定数は間違いなくいる、ということも知った。
何が変わったのか文章で説明できるほどの知識も力量も持ち合わせていないが、とにかくこれが悲しいし、怖いのだ。この状態は多くのレゲエファンの中に壁を作り出してしまうことにもなりかねない。たとえば「オールディーズしか聴かない」、「ブランニューしかチェックしない」、「UKものだけで十分」など。
人の嗜好にとやかく言うつもりはないにしても、このような分断は日本のレゲエシーンにも直接的な影響があるから問題なのだ。今まではあったはずの共通認識、いい意味での暗黙の了解ともいうか、「やっぱりジャマイカは凄い」という感覚が薄まることにより、作り手側も聴き手側も目指すところがバラバラになる。まさに「Divided we fall」だ。
少し話は変わるが、今のジャマイカは荒れている。本当に荒れている。端的にはここを読んでもらいたい。
ところが現地のFMでかかるのは多くがダンス・チューンだったりする(今回は状況が状況だけにリリックに乗せられないのかもしれないが)。
もうあえてハッキリ言うならば、REBELの精神が息づいた楽曲が出てこない。仮にあったとしてもそれはジャマイカではヒットしていないということ。
ただ、だからといって現地のシーンに見切りをつけるにはまだまだ早いと思う。ジンバブエに移住することになったシズラは今のジャマイカをどう見ているのか?2010年までにダンスホールの主役に返り咲くと息巻いていたニンジャマンは牢獄の中で何を思う?ダミアン・マーリーやスティーヴン・マクレガーなどの二世アーティストは一体どこを目指す?
そろそろ何かが起きてもいい頃だ。と言い続けて実はもう3年は経っているのだが、ジャマイカから聞こえる音に耳を向けていて損はない、と未だに自分は信じている。
“実に不思議なことだが、音楽には異性同士を結びつけるセクシャルな魔力のようなものが確実に存在する。おれは音楽製作過程で迷ったら常にそこに立ち戻って考えることにしている、すなわち「ヤレるかヤレないか」である”
これはTwitterに高木壮太氏がPOSTした言葉だが、かなり核心を突いているように思う。
音楽製作のみならず、たいていの物事に対するモチベーションは結局のところ「モテたい」程度の性欲に帰結する。 …ことが往々にしてある。
かといってそれは決して恥じるようなことではなく、生に対するひとつの欲動の表れ方であって、要はそれを昇華できる否かではないだろうか。
しかしこの「昇華」というのがやっかいなステップで、「生」をどの方向に、どんな形でアウトプットするのか。また、どう外界からインプットして消化するのか。
そういったことを試行錯誤しながら学び、経験という糧とし、また時には壊され、連なり、ループしていく。
これ以上に美しいものはこの世にない。
生まれて初めてブログというものをまともに始めてみたものの、大体こういうのって最初の一ヶ月ぐらい、慣れてくるまではこっ恥ずかしいものになるんですよ。
そもそも自分が書いた文章を全世界に晒すということ自体、恥ずかしいんですけど、それに麻痺しないとやってられないネット社会になりつつありますので。
facebook、twitter、tumblr、Last.fm、flickr、foursquareなどなど、なんでもさらけ出し共有して繋がろうという時代。
ところが外で全裸になったりセックスすると大方の国では逮捕されるんですねえ。不思議なもんです。
と、このようにくだらないことを書いて肩慣らししていこうと、そういう話でした。
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